窓を閉め、カーテンを引いたのは千迅だった。まだ日は高い。カーテンを透ける淡い光が千尋を背徳的な気持ちにさせる。風を遮り茹だるような暑さをこの狭い部屋に閉じ込めてふたりだけになる。 触れ合わなくても汗がふきでる。鬱陶しそうに汗を拭う異母兄の姿にじわりと千尋の欲が疼いた。
「今日は俺がする。」
そう云った千尋は、千迅の膝の上に乗ると肩を押した。
「やけにやる気ぢゃないか。」
シーツの上に押し倒された千迅は可笑しそうに笑った。
「……いいだろう……たまには、」
千尋は照れ隠しに顏を傾けると、千迅に始まりのキスをする。浅く被せるだけのふれあいは、すぐに深い口づけに変わる。唾液を絡めて擦り合うと痺れるほどに気持ちがよい。汗ですべる躰をまさぐると千迅が深く息をつく。千尋の芯には血液が集まり始める。
千迅がK大に進学して最初の夏期休暇だった。彼が竹雄にいた頃よりも東京との距離は縮まったが、それでも決して近くはない。
「ねえ。どうしてT大にしなかったの。そうしたら千迅にすぐ逢えたのに。」
「そこまでの頭がなかったんだろう。」
「嘘つき。千迅が受からないはずないだろう。K大にしたい理由でもあったのかよ。」
「それぐらいにしておけ。他が疎かになっているぜ。」
千尋の首筋に腕を回して引き寄せた千迅が囁く。
「もっと気持ちよくしてくれよ。」
千尋の躰の熱が一気に上がる。千尋は千迅のシャツを捲ると、胸から順に唇を落としていった。いつも千迅がしてくれるように。千尋がされて気持ちいいと思っていることを丹念に。
千迅とは半年以上逢っていなかった。受験があるため連絡を控えるよう、晟からも言いつけられていた。千尋自身も一領学園の高等部へ上がるための試験があった。逢いたくて仕方がなかった。千迅の肌にふれて、千迅の匂いをかいで、ようやく逢えたのだと実感が湧く。互いが夏期休暇に入りようやく果たせた逢瀬だった。千迅の下宿を訪ねた千尋は、出迎えた千迅に挨拶よりも早く口づけをしていた。
「んっ……、」
千迅から熱い吐息が洩れると千尋はぞくぞくと興奮した。千尋がさわっても千迅はそれほど喘がない。だからこそ、こらえきれないときにこぼれ落ちる低く短い声が、千尋を脳髄を揺らす。
「千迅はしているときも、されているときもいやらしい、」
「それはおまえが可愛いからだろうな。」
千迅は千尋の腰骨をなぞってこたえる。千尋はふれられたところから感じて千迅の上で背をしならせた。見られているのが恥ずかしい。けれど見られていると思うと一層欲が募る。千尋がしていても、いつの間にかこの異母兄の手管に乗せられているのは、悔しいけれどそれが厭でないのだから始末に悪い。千尋は中がうねり始めているのを感じる。じくじくと熟れるように熱を帯びる。
「随分とがんばるな。」
千迅がそう云ったのは、千尋が千迅のズボンに手を掛け、下着ごとずらしたからだ。千尋はまだ柔らかいそこに口づけてぺろりと舐める。
「無理することはないぜ。」
「……俺がしたいんだ。」
千尋は口を大きく開けるとそれを含んだ。千迅は千尋の頭を撫でてやりながら好きにさせる。
千迅を口にした千尋は、根元から先端までを丁寧に舐め上げていった。舌を上下に往復させるうちに、徐々にそれが固くなる。千迅が欲情していることがうれしい。していることに手応えがあるとさらに熱が入った。音を立てて唇と舌で擦り上げていくと、千尋を貫くのに充分な硬度になる。千尋は千迅に跨がるとゆっくりとそこをめがけて腰を落とす。
「おい。急にやって大丈夫なのか、」
「……準備はして来た。大丈夫。」
千尋はそう云うが久々のまじわりだった。千尋の窄みはやや固く、千迅を受け入れそうにない。
「無理をするな。けがをするのはおまえだぜ。」
千迅は手を伸ばして千尋にふれる。縁をなぞられた千尋は、これまでに幾度となく繰り返されたその行為に期待して、千迅の指をはしたなく食い込む。
「焦るな。時間はあるだろう。」
「……時間はあるけど、早く、欲しい……。俺、ずっと千迅に逢うのを我慢していたんだ。」
「……熱烈だな。手加減ができなくなるぜ。」
「手加減なんかするなよ莫迦。」
いくらかの間、千迅が千尋の後ろをほぐしていくうちに、そこは千迅を受け入れられるだけの柔らかさを取り戻す。千尋はもう一度、ゆっくりと千迅の上に腰をおろしていった。
「っぁ……、」
千尋の中ではみしみしと音がする。潤滑剤を塗り込んでもすべりは不十分だが、痛みとともに中に千迅が入っていく実感がもたらされる。
「痛くないか。」
「……平気、」
下になっている千迅の前髪は乱れ、顕わになった額に千尋は欲情する。そんな千迅の姿は、あられらもないことをしているときでしか見られない。
「はっ……あぁ……、」
千迅の全部を腹の中に収めた千尋は、彼の胸の上に倒れ込む。
「全部入ったよ……千迅……、」
「がんばったな。」
髪を撫でられて、千迅に与えられるキスが心地よかった。千尋は中が馴染むまで千迅の鼓動にじっと耳を傾ける。しっとりと肌が吸いつきあう。たまらなかった。 千迅の大きさに中が狎れた頃、千尋はゆっくりと腰を揺らし始める。その律動に合せて千迅も動くが、千尋は駄目と云う。
「今日は俺がするって云っただろう。」
「おあずけか。いつまで待てるか解らないぜ。」
言葉とは裏腹に落ち着いた様子の千迅は、汗で張り付いた千尋の髪を掬って千尋に任せる。千尋はこめかみにふれるその手を捕まえて掌にキスをした。千迅が欲しい。 けれど千迅に感じさせられるのではなくて、こうしてさわって確かめて、千迅を感じたいと千尋は思っていた。
始めは千迅の躰に抱きついて、中を抉るように前後に動く。 じんじんと疼く中が擦れて、千尋の口からは鼻に抜ける嬌声が洩れた。
「自分で大きくしたものを咥え込むっていうのはどんな気分なんだ、」
「んっ……。悦い……、」
艶やかに笑んだ千尋は、中のそれが一層膨らんだのを感じて、さらに奥へと導こうと腰を前後に振って貪欲に千迅を求める。 どうすればもっと千迅を感じられるのか、もっと深くつながれるのか、角度を変えて試みるうちに千尋は腰を起して躰を上下に動かす。
「いい眺めだな。」
乱れる千尋を前にする千迅の睛にも情欲の火は灯っている。ふたりの躰から汗はしたたり、息はあがる。
「ふっ……も、……、」
切なげに声を上げる千尋は、絶頂近づく自身の前にさわろうと手を伸ばしたが、千迅に阻まれる。
「や……なにするの千迅、」
「どうせなら中だけでイってみろ。」
これ以上ないほどに、千迅は意地悪い顏をしている。千尋は達せそうで果たせないもどかしさに泪をこぼす。
「や……離して、」
「手伝ってやるからやってみろ。」
千迅は千尋の手を捕まえたまま、問答無用に下から突き上げた。千尋の睛の前はちかちかと明滅する。あたって欲しいところに腰を動かし、千迅の律動に合せわせて上下に動き、あと少しで昇りきると思ったとき、唐突に千迅の部屋のドアが叩かれる。静寂は破られ、千尋の心臓は凍る。
「千迅。いないのか、」
三度のノックの後、千迅を訪ねる声がする。ふたりは動きを止めて息を呑んだ。千尋が玄関の方へ睛を向けると磨り硝子越しに人影が見える。男がひとりだけのようだった。千尋は息を詰めて訪問者が立ち去るのを待つが、不意に下から突かれて驚く。下を見下ろすと悪い顏をした千迅がまたひとつ、腰を穿って千尋を追い詰める。千尋は信じられない気持ちで千迅を睨みつけるが、千迅は笑うばかりでやめようとはしない。千尋は制止もできずされるがまま、せめては声が出ないよう手で口を覆ってその行為に耐える。
やがて玄関前の人物から、おかしいなあと云う小さなつぶやきが聞こえると、階段を下りていく足音がきこえた。
「千迅っ、」
千尋は遠ざかっていく足音に耳をすませた後、顏を真っ赤にして抗議した。
「驚いたな。黎一のヤツ何の用だって云うんだよ。」
「もう莫迦。なんで動くんだよ。俺、声が出るかと思った。信じられない。」
「それは悪かったな。」
怒って矢継ぎ早に捲し立てる千尋に、千迅は口だけの謝罪をするが、すぐにまた人の悪い顏をする。
「でも興奮しただろう。」
つながったままでは互いの反応はすべて筒抜けで、千尋がこれまでにないほど感じていたのは誤魔化しようがなかった。
「おまえが莫迦みたいに締め付けるから、こっちも危なかったぜ、」
「……もう千迅なんか知らない、」
その云いように反論の言葉を見つけられず、千尋はそっぽを向いて不服を申し立てる。千迅は声を出して笑うと、躰を起こして千尋を押し倒した。
「悪かったな。機嫌を直せ。……悦くしてやるから。」
睛を合わせない千尋の耳元で、千迅は甘言を弄して機嫌をとる。悔しいことに、千尋の中はそれだけのことでまたすぐに甘く疼いて千迅を求めて締め付ける。精一杯怒った顔を続けながら、千尋は千迅の首筋を引き寄せると唇を被せて先をねだった。