煙草のようにキスをして

※この作品はかまくらさんの両片思い迅尋にインスパイアされています。
 お互い「あいつには好きな人がいるしな……」と思っている躰だけの関係の迅尋です。

 

 代わりに抱いてほしいと云った日から、異母兄との間にあった空気はがらりと変わった。ふたりだけで部屋にいるとき、ふとした拍子に肌が触れ合ったとき、睛と睛が引き合うとき。ああもうだめだと、千尋は力を抜いて身を任せる。どうしようもない、というのは云い訳にもならない云い訳で、いつも醒めた顏をしている千迅が、熱い息を洩らしてこの躰を抱いてくれるのが堪らなくて、本当の気持ちがばれてしまいわないように、欲情して流された振りをする。
 好きな人に抱かれるのはもうそれだけで莫迦になるぐらい気持ちよくて、もっともっとと強請ってしまう。ちゃんと快楽に流されているように見えているだろうか。こんなにもはしたなくて、千迅の好きな人の代わりにちゃんとなっているのだろうか。心配は尽きないけれど、あまりにも気持ちよくて、取り繕う気持ちも忘れて溺れてしまう。千迅が誰を見ていたとしても、いまこの瞬間、千迅が抱いているのはこの躰で。
 千迅にされて初めて気づくことがいくつもあった。足の付け根を撫でられると信じられないほど感じてしまうこと。襟足をなぞられただけで簡単に喘いでしまうこと。男の躰でも、中で感じて達せられるということ。繰り返し躰を重ねて、そのすべてを千迅に暴かれたにもかかわらず、それでもまだこの気持ちを明かせずにいる。
 千迅には好きな人がいる。千尋の口は、そのことを思い出す度に重くなって何も云えなくなってしまう。
 夜はまだ深い。傍らの千迅は穏やかな顏をして眠っている。千尋はベッドサイドの灰皿から千迅の吸い殻をひとつ摘まんで唇に運ぶ。云えない気持ちを密かに込めて、冷えて湿ったフィルターにキスをした。