ぜんぶこぼさずすべてほしい

 千迅が爪を切っている。ぱちん、ぱちんという一定のリズムが千尋の耳に届く。両手の爪が短く切り揃えられると、千迅はヤスリを取り出して表面を磨いて滑らかにする。本を読んでいた千尋は途端に集中できなくなる。今夜はそうなのか、と思うので。

  ◇

 いつもの半分程度の量で食事を終えた千尋に、千迅は可愛らしさを感じる。心なしか口数も少なく、どことなくそわそわと浮き足立っている。このまま泳がせてその様子を眺めるのも悪くはなかったが、期待しているのは千迅も同じなので、風呂をたてるために席を立つ。
「風呂が沸いたぜ。」
 湯加減を調整した千迅は千尋を呼ぶ。
「……先に行っていいよ。」
「一緒に入らないのか、」
「……狭いだろう、」
 何かと準備が必要な千尋が、そのときだけは千迅に風呂の順番を譲るのはいつものことだが、未だに云いににくそうに口ごもるので、千迅はつい笑ってしまう。
「たまにはいいだろう。俺は少し窮屈なぐらいが好みなんだ。」
 最初から最後まで世話をしてやることは、千迅にとってはやぶさかではない。根は甘えたの異母弟を構うのは千迅の愉しみのひとつであり、愛おしさの発露だった。
「え……、やっ……、」
「ほらぐずぐず云うな。」
 千迅は態度を決めかねている異母弟の腕を掴むと風呂場へ連れて行く。夜は長い。抵抗を続ける異母弟を宥めすかしながら過ごすにはちょうどよい。今日も形が残らないほど、その躰と心を溶かしてやりたいと思う。