もう夢中

 約束をしていたのに変だな、と思い合鍵で部屋に入った。インターフォンを鳴らしても反応はないが、あの異母兄が約束を忘れるとも考えにくい。約束の時間より二十分ほど早かったので、千尋は買い出しにでも行っているのだろうかと思った。
「千迅、入るぞ。」
 一応声を掛けて玄関を上がる。千尋用に用意されているスリッパに履き替えてリビングに入ると、ソファでうたた寝をする千迅がいた。千尋の足音に気づいた様子もなく静かに寝息を立てている。
 千迅は主に夜間帯のハイヤー運転手をしていることから、昼間は仮眠を取っていることが多い。今日の勤務は休みということで逢う約束をしていたのだが、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「珍しいよな……。」
 手土産をダイニングテーブルに置くと、千迅の寝顔を覗き込む。
 お互いの予定に都合が付かず、顏を合わせるのは三ヶ月ぶりだった。眼鏡を掛けていない顔にどきりとする。千迅がその顏を千尋に見せるのは、そのときしかなくて。   
 気を逸らそうと向けた視線の先は台所で、千迅が用意した惣菜がいくつか置かれている。千尋の来訪を待っていた様子に胸がくすぐられる。しかし睛を逸らしても薄く漂う千迅のにおいが鼻を掠め、千尋の腰は疼く。
 ああ、でもそれも正確ではない。千迅を訪ねることが決まったときから、もうずっと、千尋は消えない種火に焦らされていた。顔を合わせたら、もう、我慢できないと思って、ここに来たのに。
 起すのは可哀想だと思う一方で、お菓子を目の前で取り上げられた子どものように、躰の欲求は高まるばかりで我慢できそうにない。その証拠に千尋の中心は固く芯をもつ。
「ん……ッ……、」
 千迅が起きたらどうしよう。冷静な頭でそう懸念するが衝動は止められない。千迅がいつもするように、胸をまさぐって突起を摘まんでは弾き、空いた手で芯を扱くと次第に粘液が手にまとわりついて卑猥な音を立てる。
 逢えない間はそうやって、異母兄の手管を思い出しては躰を慰めていた。喉の奥を絞っても欲情する声は洩れ出てしまう。
「ぁ……千迅……、」
 夢中になって快楽を追う。だからそんな熱に浮かされたうわごとに「ん、」と返事があるとは思いもしなかった千尋の動きは一瞬で止まる。
「……、」
「なんだ。続きは、」
「おまっ、起きていたのか、」
「いや寝てたが、おまえがし始めるから睛が醒めた。」
 千迅は躰を起すと千尋のこめかみに唇でふれ、真っ赤に染まったその首筋に手を這わせる。
「莫迦、もういいって。疲れているんだろう。ゆっくり息めよ。」
「莫迦はどっちだ。おまえのせいで睛は冴えたぜ。」
千迅は千尋の手首を掴むと、精液の絡んだ掌をゆっくりと舐める。千尋は背を震わせる。千迅から睛が、逸らせない。
「つれないこと云うなよ。本人がいるのにひとりですることないだろう。」
 そう云うと千迅は千尋の躰をソファに引き上げて有無も云わさず口付ける。舌と舌が擦れ合う快楽に、千尋は喉元を白日に晒して感じ入る。あとはもう夢中になって千迅の背中を掻き抱いた。