月が冴えた夜だった。寝付けない寵は寝返りをうって目を閉じるが、虫の音さえしない夜の静寂は無聊に重く、ベッドが軋む音でさえ何者かに咎められそうな張り詰めた夜だった。
姉夫婦の母屋もとっくに明かりの消えた丑三つ時、どうせなら狐狸の類いでも化けて出てくれれば暇つぶしにもなろうと自棄に思っていると、突然玄関の硝子戸を揺らす遠慮のない音、驚いた寵の肝は一瞬で冷え、ベッドを抜け出してそろり足で様子を窺う。深夜の来訪者に心当たりなどあるはずもないが、そっと覗いた玄関戸には見馴れたシルエット、思わず安堵の息をつく。
「義兄さん帰る家を間違えているよ。こっちぢゃないだろう」
裸足のまま玄関先に下りて鍵を開けると、赤い顔した志学の童顔が平素より一層幼く、へらりと笑ってご機嫌だった。
「こんな遅くなって悪いな真帆。起きていてくれたのか」
酒の匂いのする息を吐きながら、姉に謝罪をする志学は寵の躰をすっぽりと包んで離さない。裸足で三和土におりた冷たさを忘れる抱擁に、寵の躰は途端に竦んで動けなかった。
「なあ何か言ってくれよ。怒っているのか。遅くなって悪かったよ」
あやすよう耳の裏を撫でられると、躰の芯がぞわりと震えた。このひとはいつもこのように姉に触れているのだろうか。この大きな躰を押し返して母屋へ帰らせなければと思うほどに、寵の躰は言うことをきかず与えられる刺激を甘受する。掛けられたことのない甘い声に痺れる脳髄は、正常な判断力を失っていく。
薄いパジャマの上を志学の無骨な手が這い回り、腰を捕らえられると躰がさらに密着する。触れたところで柔らかさも丸みもまるでない男の躰、姉ではないことなどすぐにわかりそうなものを、志学は人違いに気づいた様子もなく、寵の顏を傾けさせると唇をのせると貪った。
「ふっ……あ……っ」
息継ぎもままならない口づけに、翻弄される寵は喘いで溺れ、されるがままに舌先は絡んで唾液が交じる。為す術もなく壁に躰を預けてどうにか立っていると、そうぢゃなうだろうと言いたげに、志学によってその首の後ろに腕を回される。
身のほどは知っている。姉と甥も愛している。やりきれない親愛も、何もなければどうにか抑え込めたものを、こうして熱を与えられれば簡単に流される。冴えた月光の下に重なる影、晒される寵の秘め事は、志学が醒めない限りはないのと同じこと。心の中で姉に許しを乞いながら、その肌に夕顔の一片さえも咲かすことはできないから、せめて寵は爪を立ててその首筋に縋った。志学の肩には花の代わりに三日月が浮かんだ。