「じゃあ俺、帰るから」
すっかり衣服を整え、欲しかったデータの入ったUSBを鞄に入れた敏彦は、すすり泣いたまま背を向ける三好に云った。
敏彦の手首に押さえつけられた赤い痕がつき、服で見えないが腰にも同じような手痕がある。確認はできていないが最中に肩口に噛みつかれたので、おそらく歯型もついている。
まったくもって三好は乱暴だった。敏彦も成人男性として小柄なわけでも腕力に劣るわけではないが、三好の体躯で抑えこまれれば抗うことは困難だった。
つい先日も歩道橋から落下し骨折したばかりの敏彦は、抵抗し再び怪我をすることを避けたかった。三好に躊躇いや迷いがないことを確認すると、敏彦は三好のしたいようにさせることに決めた。
ソファーでするのも、まして床でするのも、躰を痛める原因になる。
「ベッドで……」
敏彦が三好に求めたのはそれだけだった。
敏彦を寝室に連れ込んだ三好は、敏彦をベッドに押さえつけると、躰の隅々まで好きなように触り、男であれば刺激されれば誰でも反応する刀身を扱いて敏彦を強制的に喘がせた。そんなものは躰の反応でしかないことを三好も知っているだろうに、敏彦を屈服させたいのか、執拗だった。
三好の屹立したそれを咥えさせられもした。喉奥まで突き立てられ生理的な涙が浮かんだが、そうすることで泣きそうなのは三好の方だった。馴らしてもいない窄みを暴こうとするのも、そこに無理に侵入しようとするのも、敏彦がどうにか成せるように導いた。
ベッドサイドの時計に目をやれば、訪問してから三時間が経っていた。この一度で三好が納得しているかは定かでないが、敏彦はそれなりの義理は果たしたつもりでいた。
「帰りますからね」
もう一度そう声を掛けてから敏彦は立ち上がった。ベッドが軋む。これ以上三好に何と言えばいいのか分からず部屋を後にしようとするが、意外にも何も言わないまま三好が後を付いてくる。
見送りなのか。玄関まで来た敏彦は腰を曲げて靴を履くと、振り返って三好の顔を見た。
「じゃあ」
またと言うのもおかしく、さよならと言うのも些か他人行儀な気がした敏彦が、ドアを開けて外に出た刹那、抗えない力で腕を引かれた。敏彦の躰は三好の胸に引き寄せられる。開けたドアは三好の躰に遮られ、開かれたままだ。
「ちょ、まずいよ」
さすがの敏彦もマンションの共用部分での抱擁には焦りを覚えるが、三好はおかまいなしに敏彦を抱き締める。押しても引いてもびくともしない三好に諦めた敏彦が藻掻くのをやめると、三好の唇が降りてくる。
ああ。そういう。敏彦は観念して瞼を閉じる。三好の口付けはベッドで抱き合ったときのような濃厚さで、敏彦はされるがまま受け止める。
敏彦は確かに美貌だ。一方的な好意を向けられ、執着されることは日常茶飯事だ。けれど三好がどうしてここまで自分に執着するのか、敏彦は計りかねた。
三好の大きな口が、敏彦の小作りな口を食い尽くさんばかりに覆う。舌を擦り合わせては吸い上げられ、どれだけ従順に応えても終わりが見えない。容赦なく性感を刺激されているので、執拗にキスをされれば腰に残る火種はまた燃える。おぼつかなくなる足を支えるため、三好の首元に腕を回せばいっそう深く咥内を荒らされた。
「ん……っ、ふ……」
口元から唾液が溢れるのも構わず、艶めかしく敏彦が喘ぐのも憚らず、三好は敏彦を離さない。敏彦はされるがままだだった。
唇が腫れるほどのキスをして、ようやく唾液が糸を引く。敏彦は三好の胸を拳で叩くと、躰を引きずるようにして三好の拘束から逃れた。振り返りはしない。けれどまた三好が泣いているだろうことだけは分かっていた。