【小説】久生十蘭「黒い手帳 探偵くらぶ」

久生十蘭著・日下三蔵編『黒い手帳 探偵くらぶ』光文社 2022年2月20日

ストリーテラーとして熱烈のファンの多い久生十蘭のミステリ作品の短編集。
もうとにかく文章が気持ちいいです!

黒い手帳

パリに給費学生として留学している私は、給費の支給が底着く頃に引っ越した貧乏アパートで、引き籠もりがちな変人と日本から音楽留学をしている夫婦と隣人になる。皆それぞれにお金のない生活の中で、変人のしている研究がルーレットの必勝法の計算式だということがわかると、日本からの留学費が打ち止められた夫婦の心に殺意が芽生え、私はその計画に興味を持って見守ることに……。ルーレット必勝法が綴られた黒い手帳の行方は……?

湖畔

見栄と外聞に塗れた華族の男が最愛の妻を殺すまでに至るまで。本当は小心で臆病者だが、猜疑心から誰にも本当の心を明かすことができず嘘と卑怯で社会を渡っていくが、ある日湖畔でボートを漕ぐ少女陶(すえ)に恋をして……。うわあああ!!あんなに天真爛漫で快活で可愛いかった陶ちゃんをあんな風にしたなんて許すまじよ……!!尊大な羞恥心と臆病な自尊心のお話です。

月光と硫酸

精神を病んだ「自分」が医師の勧めで地中海に療養して行くが……。「頼できない語り手」が語る話はどこまでが現実に起こったことで、どこまでが妄想なのか読者も翻弄されます!

海豹島★

これは面白かった!オホーツク海に浮かぶ絶海の孤島、海豹島に群れをなすオットセイを猟獲するために送り込まれた作業員たちを監視する任務を負って本土からやって来た「私」は、一人を残して作業員達が死亡したことを知らされ……。作業員達の死の謎、一人生き残った男も躁病の様相を呈し、迎えの連絡船は悪天候のためやって来ない……。The孤島もので謎解きが楽しい。個人的は最後の明らかになる謎の結末が、金井美恵子の「兎」を彷彿とさせて勝手に恐怖を感じました……。もうあの小説のお蔭でこの手のオチにぞっとするに体になってしまったのよ……。

墓地展望亭★

パリの山の手にある墓地を見下ろす立地にある喫茶店で「私」が出逢った目を惹く美しく気品溢れる若い夫婦。このふたりが夫婦になるまでには壮大な物語があり……。これは本当に手に汗握ってしまいました。一夜限りの関係から始まったこのふたり、後に夫となる竜太郎は彼女のことが忘れられずパリ中を探し回ってとうとうその正体を突き止めるが、とても手の届かない相手で……。これはもう読んでいただくより他ないですね。

地底獣国
昆虫図
水草
骨仏
彼を殺したが……
虹の橋
ハムレット
湖畔
刺客
久生十蘭―『刺客』を通じての試論