【小説】塚本邦雄「空蝉昇天」

塚本邦雄著『空蝉昇天』書肆季節社 昭和50年12月

一編1,200字程度の瞬短集
文庫にもなっていないので古本屋さんで入手しないとないのが厳しいですが、
日本の古本屋などで検索かければ割と出て来ます。
★はお気に入りです

初鶯★

ゴッホとテオのように、作曲家の兄に心酔する弟が登場。
以下は弟が兄に抱える迸る熱い想い。

彼は煩はしい人間関係と絶縁して、一生作曲に没頭してゐればいいのだ。

雅楽、それももつと古い唐楽を蘇らせたあの閑雅荘重な曲を、念願通り百編創り上げさせたい。
一切の面倒は私が見る。

結婚するお兄ちゃんを見ながらこんなこと考えている弟なんですよ。
兄強火担の弟、最高だね……

斑雪(はだれ)

無職の私が「一日三千圓」の仕事に釣られて、「ガニュメデス會」という新築マンションの一室を訪ねる。そこは空調・食事・ジムが完備された申し分のない空間。さらに部屋には中世西欧の男性衣装が並んでおり、私は自らに着せ替えることに熱中するが……。結末が……もう……我々の好きなやつです……

花篝(はなかがり)

叔父(27)の妻(24)を「眞帆さん」と呼んで慕う私(10)
大釜の甘茶を配るお寺に眞帆さんと出掛けると、寺の次男だという男に出会い魅了される。

院主の二男と称する若者が、猛々しい四肢にそぐはぬ墨染の法衣を纏つて應接に出た。

彼は魂のみか肉も癒やすのが眞の僧侶の勤めだと答へて、私達二人を、後ろから擁き抱へて見送つてくれた。

いつもの塚本作品の男らしいむわっとした色気が出てる系お坊さんです……いやこれはあまりにも意味深でしょうよ……。最後もちゃんと意味深なので是非。

朝凪★

アブラハム・サッスーンと片仮名表記の名刺を差し出した。栗色の口髭を生やし空色のシャツの隙間からは同色の胸毛が覗いてゐる。

冒頭からお約束でニコニコしちゃいました。完全に「十二神将変」の空晶さんとエスラージくんで大変有り難かったです……。猶太人がユダヤ人と読むことが分かっていればこのお話のしんどさに頭を抱えます。私はずっとアラブ人?と思って読んでいたので最後突き落とされました……。

照射(ともし)

騙された妹のために悪いやつに復讐しようとするお兄ちゃんの話です。
本当塚本作品の悪党は本当に清々しいぐらい悪びれない。

八朔★

塚本作品名物、美貌の女傑の登場です!ほっそりとした美男の夫をお金で婿養子にして領地経営すをる辣腕家。一人娘とは反りが合わず隣町の貧乏画家に嫁いでしまうが、孫の「私」にとっては自分を溺愛してくれる祖母なわけです。

塚本作品では女を置き去りに、男たちが手と手を取り合ってどこかに消えてしまうのもまたお約束ですが、この作品でも、え!そことそこが!?というふたりが駆け落ちします。控えめに言って最高です……(天を仰ぎ合掌)

蘆火(あしび)

失踪した妻の行方を捜す「私」従兄の太刀生が硝子市で露天を出していた彼女を見かけたというので、早速捜しに行くが……。またもや塚本作品名物の寝取りです。最早問題は誰が誰を寝取ったかなんですよ……!(したり顏)これはもう読んで貰うしかないですね……。

竃馬(いとど)

カマドウマのことを古語では「いとど」というらしいです。左官の若者が「何でえ、小汚ねえおかまこほろぎ!」と言うので、どんな感じの虫かと思って検索してみたら確かにそこそこ敬遠したくなるようなビジュアルでした。秋の季語だからもうちょっときれいめな虫かと思っていたんですよ……。

冬霞(ふゆがすみ)

カリスマ牧場経営者のお兄ちゃんとそこの副社長の弟くん。お兄ちゃんが手塩にかけて育てた牧場が大企業に買収される。牧場で働く従業員は男ばかりで、皆鑑別所や感化院上がりの荒くれ者ばかり。
最初は反抗的な男たちも、お兄ちゃん経営者のカリスマ性の前に心酔していき、牧場が買収されてしまうと「大将について行きます!」と男泣き。不良マンガのエッセンスがマシマシです。

千鳥★

短編集最後に「水際だつた男前」だがアルコール依存症の男が登場。美貌のダメ男ですって?
最後の最後にとんだ爆弾ですよ!!(大好き)「私」の彼女の父親がアルコール依存症で、
そんな彼女とわざわざ結婚しなくても彼女は他にもいるしね!という悪いやつの私。

とはいえ絶対お父さんのこと好きだろ……。そうは書いてないけど滲み出ているんだよ……。
わかるんだ……こっちはそれなりの訓練をしてきてるんだから……。

この短編集タイトルの次のページに一首ずつ短歌が挿入されているので、短歌がわかると一層楽しめる仕掛けになってます。千鳥の短歌は「戀を得て夕波千鳥ちぢにあはれ」で、「私」→父は確定では!?と勝手に盛り上がっています。

短歌有識者にその解釈で合ってるかぜひお聞きしたい……。「ちぢにあわれ」がどうしてもお父さんと私のことではと思っちゃうんですよね……。