年の瀬だった。仕事や学校は休みに入り、世間の家庭では早い時間から家族が揃い、炬燵を囲んでテレビでも観て和やかに過ごしているのだろう。そういったことがありありと想像できる年末に、玄藤は思った以上に気落ちしていた。
母親が亡くなったのを境に連の姓になり、以来その親戚に預けられて育った。露骨な厄介者扱いをされたわけではなかったが、かといって預けられたそこが自分の家だとも思えなかった。
働ける年齢になるまではとひとりで決めて、高校進学と同時に安普請のアパートを借りたのはよかったが、そのことについて兄は何も云わなかった。
玄藤は隙間風を聴きながら、炬燵の天板の冷たさを頬に感じる。あともう少しで年が明ける。最後まで親しみを覚えることのできなかった家だったが、それでも家の中に誰かがいるぬくもりが思い出されて心が冷えた。
「フジ開けろよ。いるんだろう。」
突然部屋のドアが叩かれる。呼び出し用のチャイムはついていない。自分を呼ぶ声に驚いた玄藤は、部屋の鍵を開けるために慌てて立ち上がる。
「ヒカル、なんで」
防寒着を着込んだ光が買い物袋を下げて立っていた。
「おまえが年末にひとりなのを放っておくわけにはいかないだろう。もっと早く来るつもりだったんだけど、店の手伝いが長引いたんだ。いつ来られるか解らなかったし、フジが寝ていたら無駄足になるところだった。」
「……渡した合鍵で入ればいいだろう。」
「そういうわけにもいかないだろう。」
光は袋を玄藤に渡すと勝手に靴を脱いで中に入る。渡された袋はふたつで、ひとつは河惣フルーツのロゴが入った袋で中身は苹果、もうひとつは玄藤のアパートの近所のコンビニので中は温かい肉まんだった。不意に睛の前がぼやける玄藤は、外の冷気ですっかり冷えた光の背中に抱きついた。
「……なんで、来てほしいって、解ったの、」
「フジの考えていることなんか大体解るだろう。何年の付き合いだと思っているんだよ。」
「……ぢゃあ、ぼくがいまヒカルにどうしてほしいって思っているか解る、」
光の背が一瞬強ばる。玄藤は朔郎の言いつけを守りたいと思っている光のことを尊重したいと思っている。けれどそれは土台無理な話だった。
「好き……ヒカル……、好き……。」
云わずにはいられなかった。服があるのがもどかしい。だって仕方がない。玄藤がひとりきりで淋しいとき、いつも察して傍にいてくれるのは光なのだから。
「このッ……、」
光は絡みつく玄藤の腕を掴むと、躰を反転させて玄藤の腰を抱き寄せてその紅い唇を奪う。触れられた瞬間、玄藤は唇を開いて光を招き入れる。いつ光の気が変わってしまうか解らないから、逃げられないように最初から深い水底へ連れて行く。
「好き……ヒカル……ぁあっ……、」
気持ちよくなって。途中でやめないで。こんなにもヒカルを欲しがるぼくを嫌いにならないで。
光に縋る玄藤の手は細かく震えて、玄藤の云えない想いを代弁する。
「やめられるか……莫迦……、」
光はその震えごと引き取って玄藤を押し倒す。窓の外では雪が舞い始める。雪よりも白いその肌に、光は紅い痕を散らした。